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2009年7月 1日 (水)

奥三面ダム(あさひ湖)

トチノキ林観察のあとは、猿田川を少し下って本流の三面川の上流へ進む。Okumiomote1

奥三面ダムの上から下流方向を眺める、こんな深い山の中に最近まで集落があったのだ。

人間がいた形跡は約2万5千年前から確認され、縄文時代には環状列石をつくるような大きな集落があった。古文書に登場するのは1400年頃である。昭和には都市伝説ならぬ秘境伝説までささやかれ、さながらロストワールド。

ここに住む人々はカモシカやムジナ、作物のほかにクリやトチを食べて極めてエネルギー効率の良い生活を営んできた。現代社会は村の人々からカモシカ肉を奪い(天然記念物特別保護法適用)、麻布をつくることを奪い(麻の無許可栽培禁止)、道を奪い(三面ダム建設)、最後に居住権を奪った。これはアメリカが新大陸の原住民達にしたひどい仕打ちと同じではないのか!!

小国へ七里、村上へは九里、いずれも険しい山道で冬は雪で閉ざされ、車の往来もできなくなる。ほとんど自給自足にちかい生活から昭和30年代に一気に近代的な生活になったが、昭和60年にダム建設で移住を余儀なくされた。

Okumiomote2 ダムを見下ろす展望地には碑があり、当時の区長さんが「学校も新しくなり、下流の三面ダムを通る良い道路もできたのに移住しなくてはならなくなってしまった」と無念さを書いておられる。案内してくれたI氏も遊びに来ていた同級生の家が沈んでいると言うことで感慨深げであった。

このようなダムは日本各地にあり、移住を余儀なくされた人々の様々な思いが沈んでいるのだろう。発電されたエネルギーが無駄なく使われていることを願う。

ダンナが古本屋で奥三面の生活を写真とともに綴った「山に生かされた日々」という本を入手した。写真集の中の人々は力強く明るく楽しそうである。

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

長崎県でダム建設の為、移住が問題になってます、アメリカでは逆に、ダムを減らしてるそうです・・・。

人間、住まれ育った場所を、ハイそうですかで簡単に片付く問題でもないし、便利さを選ぶか、自然を残すか難しいですね。

自然をそのままの姿で残せるって、難しい事なんでしょうか。私は山が好きです。ふかふかの落ち葉の道や
石ころだらけの小川や・・・
そんな風景を残せないものでしょうかね。 

ふくちゃん、こんばんは。
空港、道路、発電所など、オオヤケの利益を優先するのはある程度やむを得ないことですが、自分だとすると・・・
うちのダンナは時々「原発もゴミ処理場も、安全ていうなら国会議事堂の地下につくれ!!」とキレています。
発電や治水のためのダムは、本当に今必要なダムなのか??という意見がだいぶ出てきていますね。

ムーミンママさん、こんばんは。
日本人は自然を上手く使いながらともに生活してきた民族だったはずなんですが、欧米の文明が大量流入してからなんだかおかしくなったのかもしれません。
もちろん自然はとても厳しく(人間にも動物にも神様みたいに平等ですから)生半可な気持ちでは一緒にいられませんけどね。

こんばんは(^▽^)/
いつもながら、山奥の風景写真よく撮れていますね。

ダムでさくら湖を思いだしました。
春沢館周辺には、すごい和風住宅が沢山ありますが
ダムで移住した方の家だという話を思いだしちゃいました。

凜さん、こんばんは。
そうでしたか、移住は比較的ダムの近くに移ることが多いのですが、三面の場合はみなさん朝日村の海岸近くに移住されたそうで、集落を保ったままの移住が条件だったとか。仲間と離れては住みたくないという姿勢、山村の結束力はすごいです。

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